ゲームセット!
いつも聞きなれたこの言葉。
しかし、昨日ほど、この「ゲームセット」という言葉が、素直に聞き入れられない日はなかった。
振り返ってみよう。

2/20 全国大会支部予選。
1回戦を無事に終え、いよいよ2回戦。
対戦相手は、富士ボーイズ。
富士ボーイズとは、昨年夏に練習試合をしている。
勝ったとはいえ、いいピッチャーが2人いた記憶がある。
我がユニオンズは後攻。
先発はエースの寛太。
訃報の悲しみを乗り越え、豪腕が唸る。3回までパーフェクトピッチング。
3回裏、和希が内野安打で出塁 ⇒ 盗塁。
続く寛太がライト前へ打ち、その間に和希が一気にホームインし先制。
さあ、ユニオンズウェーブに乗りたいところ。
が、
4回表、富士ボーイズの攻撃。
ショートゴロエラーに続き、次のバッターに四球を与えてしまった。
必ずや抑えてくれると信じ、構えたシャッターチャンス。
次の瞬間、センター前へ逆転2点打を打たれる。
ユニオンズ、絶対に逆転できると、選手も父兄も全員が信じる。
5回表の富士の攻撃、ライト前ゴロを大輔が一塁へ。
その間に、四球で出塁していたランナーが間一髪のホームイン。
我がユニオンズ、ランナーを出すが、次の攻撃がなかなか噛み合わない。
少し、手に汗を握りだしたユニオンズパパ。
6回表を0点に抑え、残すところユニオンズの攻撃のみ。

この時点で、
富士 0 0 0 2 1 0
豊橋 0 0 1 0 0

6回は樹希斗からの攻撃。
続く光
大輔
省吾
秀太
雅空翔
と続くはずだった。

我がユニオンズ、富士に逆転されてからの抵抗も空しく、無情にも「ゲームセット!」

時間が分からなかった。
時間が戻ってほしかった。
時間が止まってほしかった。
あるはずの無い願いは、当然かなうはずもなく、少しずつ時が過ぎていった。

選手たちの目には、大粒の涙があふれており、ユニオンズパパ、貰いそうであった。
6年生母たちは、完全にグロッキーであった。

思い出すのは、ここまでにしておこう。

それにしても、子供たちっていうのは、最高だね。
「泣いたカラスが、もう笑った」とは良く言うもんだ。
次の試合を観戦しながら、はやくも仲間同士でジャレ合いを繰り返す。
ずーっと尾を引いていたのは、むしろ大人。既に次の試合が始まり、歓声が上がっているのに、何も聞こえないまま帰路に着く。

帰りの道中、息子に聞いてみた
父「お前だけ泣いてなかったけど、悔しくなかったのか?」
息子「悔しいに決まってるじゃん。でも仕方ないよ・・・・・。俺さあ、中学になったら仲間たちと絶対に全国へ行く。お父さん、連れて行くから。」ですと。
悔しさが嬉しさに変わった瞬間だった。
(でもやっぱり、引きずってしまうユニオンズパパであった)


<6年生たちへ>
最後の大会、思いもよらぬ展開で残念でした。
でも、この1年間、本当に感動を貰いました。ありがとう。

優勝はできなかったけど、準優勝は1回、ベスト4は2回、立派な成績でした。
思い出します。
サヨナラ勝ちしたフェニックス戦。母たちの喜び様は、異様なほどでした。
接戦を制した中日本大会での愛知ダイヤスターズ戦。
抽選で負けたけど、炎天下の中、印象的だったCTV杯尾張ウィングス戦、秋のライオンズ大会での春日井ボーイズ戦。
大打撃戦だった岡崎市民球場での岡崎葵戦。
いつも目の前に立ちはだかった愛知幸田。
力を出し切れなかった三重大会での松原ボーイス戦。などなど。

最後の大会は、無念なところで負けたけど、「やる気」「勇気」「元気」の集大成を見せてもらいました。
6年生諸君、間もなく卒団することになるけど、これからの人生で忘れないでほしいことがある。
「感謝」の気持ちです。
どんなスポーツでもそうだけど、指導者に感謝
道具に感謝
スポーツをさせてくれる親に感謝
対戦する相手に感謝

指導者の方々へ
小島代表、根木副代表、総監督をはじめ、日比野監督、早川コーチ、荒田コーチ、杉原コーチ、籾山マネージャー、選手たちを育ててくれてありがとうございました。皆さんのおかげで今まで以上に野球が好きになり、6年生全員が中学でも野球を続けるそうです。
父兄の方々へ
ユニオンズパパ、1年間だけでしたが、お世話になりました。本当にすばらしい父たち、素敵な母たちに出会えて、いつも楽しく過ごせました。
仲間たちに・・・乾杯!
豊橋ユニオンズ奮闘記”栄光への架け橋”第二章は、完結しました。
さあ、来週からは第三章が始まります。

”夢に向かって”
頑張るゾ!
豊橋ユニオンズ、っおー!!!


(6年生へ、卒団までは、ユニオンズ戦士だからね・・・。)
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